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2011年2月13日 (日)

開発の現場から:考えるということと悩むということ

 ソフトウエアの開発の現場では、みんなPCの前で黙々と仕事をしている。コーディング・フェーズならともかく、アーキテクチャ設計フェーズでも同じだ。黙々とやっている。どうして、そんな仕事の仕方が可能なのか私にはわからない。アーキテクチャ設計フェーズの私は、周りから見たらイライラしている中年男だからだ。
 私は、PCがまだ未熟だった頃に開発の現場に入った。開発業務の最大のツールは、鉛筆と消しゴム、ハサミとのりだった。鉛筆は言い過ぎでさすがにシャープペンシルを使っていたが・・・。
 基本的には、書いては消し、の繰り返しと、大きくブロック構成を変えるときは、コピーをとって(そのコピー機も近くにはなくコピー室というコピー機を置いてある部屋まで行く必要があった)、ハサミでブロック単位に切って、新しい構成で配置し直し、のりではるのである。
 昔は大変だった、という話をしたいわけではない。そういう環境で仕事をしてきたので、何度も設計をやり直すと図面が汚くなるので、あまりやり直したくなかった。設計図を書くときには十分煮詰まった段階で設計図を書きたいという動機が働くのである。したがって、書くのはメモくらいで、その後は、頭の中ですっきりとまとまるまで、頭の中で仕事をしていた。
 頭の中で仕事をしてはいけない、というベテランも多い。なぜなら、人間の頭の中のキャパシティは小さいからだ。でも、私は、アーキテクチャ設計においては、頭の中のキャパシティで十分扱えるほど単純な設計にしないといけないと信じている。そういう単純な設計は、すぐには考えられないものだ。ある程度、課題とかが整理されるまでは、ホワイトボードを前に人と議論したり、イライラしながら事務所を徘徊したり、途中でひっかかったことを調べに図書室へ行ったり、の繰り返しだった。
 早い段階で、きれいな図が出来てしまうのは、本当にいいことなのだろうか、と年寄りは思うのである。

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