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2011年5月30日 (月)

サイバースペースのインフラとしての恐ろしさ:欠陥ソフトウエアの経済学

 以前書いた欠陥ソフトウェアの経済学 ―その高すぎる代償―を再び取り上げる。
 この本で興味深い指摘がある。少し引用する。

 サイバースペースは単一の創造物のように見えるが、実際は、はっきりしない資格とあてにならない才能を持った職人によって、標準化もされていないし、一貫した反復性もないテクニックを用いて開発された、手作りのソフトウエアの寄せ集めである。
 建築関連のエンジニアは、自然法則を相手に仕事をし、それらの法則が定義する限界に縛られている。しかし、ソフトウエアの作り手はサイバースペースの本質と構造そのものを自分で定義することができる。このように、ソフトウエア制作者は多大な責任を負っている。ほんの小さなプログラムでも、一度ネットワークに組み込まれたら「法則」の崩壊の一因となるのだ。

 少し過大表現のところもあるが、ソフトウエア開発者がピンキリであるということは事実だ。ソフトウエア開発者の技術レベルを示せる資格もない(本来、技術士資格がそれを担うべきなのだが実体はそうはなっていない)。そして、ソフトウエアを扱っている会社の経営層が、ソフト技術者の仕事を人月でしか考えていない、ということも周知の事実である。
 自社の技術者を人月でしか考えられない技術が、本当にサイバースペースという社会インフラ作りを担っていいのか、という問いかけであろう。
 道路などの社会インフラだって、単純労働の部分があり、そこは人月計算されている。しかし、その単純労働の部分は、周りから見える仕事であり、監督者が監督できるということで成り立っている。サーバースペースの単純労働は、周りからも分からず、しかも本当は単純労働ではない、ということが問題である。
 つまり、ソフトウエアを人月で計算することろから脱却しないと、インフラを担える産業には脱却できないのかもしれない。ソフトウエアを人月計算することの愚かさは昔からわかていることで、名著人月の神話で既に解き明かされていることである。

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