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2011年12月 6日 (火)

凸型文化と凹型文化、する言語となる言語:NHKラジオ私の日本語辞典より

 NHKラジオ第2が好きでよく聞いている。土曜の夜9時(再放送は翌土曜昼3時10分)から私の日本語辞典というのを放送している。毎月1人のゲストを呼んで、NHK日本語センターの秋山和平アナウンサーがインタビューするという番組である。1回30分で4回なのでトータルで約2時間の番組である。博学の秋山和平アナウンサーが、ゲストの、学識は素晴らしいが失礼ながら少し高齢でくどい話になるところをうまくコントロールしながら、日本語にまつわる話をする、という趣向である。日本語を語るということは、実は日本文化を語るということでもある。言語と文化は切り離せないものだからだ。
 11月のゲスト芳賀 綏(東京工業大学名誉教授)の「日本語から日本人像を探る」は特にその文化面を語るところが色濃く出ていた回であった。
 キーワードの1つが凸型文化と凹型文化である。西洋のように主張することが正しいという凸型文化と、日本のように和をもって尊しという凹型文化の違いがある。その典型は、する言語となる言語である。「お茶が入りました。」という表現を日本語ではする。「お茶を入れました。」とは言わない。つまり、自分がそれをしたことであっても、自然にそうなりました、という表現をするのだ、という。
 これは、若者でも変わっていないらしい。いくら国際化しようと、この基本的な文化形態は変わらない。文化形態が言語に表れるのか、言語が文化形態を形作るのか。どちらが原因でどちらが結果かも難しいところだ。たぶん相互に関係し合っているのだろう。
 マナー講習というような講習がある。その中で必ず敬語の講習があるが、これなんかは、必然的に凹型文化、なる言語をたたき込むことになる。国際化にそなえ主張できる人間に、ということが本当に必要なら、敬語ではなくディベートをたたき込むべきであると思う。もっとも、それが本当にいいとは思わない。主張の強すぎる人間は日本人としてはなかなか受け入れがたいからだ。スティーブ・ジョブズ Iなんかを読むと、確かにジョブズは素晴らしい先駆者だが、この人の下で働ける日本人はほとんどいないだろうと思う。今でも和を尊ぶ文化はつづいているんだろう。

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