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2012年1月14日 (土)

脱走受刑者の問題:脱走が22年ぶりというところが盲点だったのでは-合理化が問題を生む構造

 脱走受刑者が逮捕されたと言うニュースがあった。本当によかった。映画の世界じゃあるまい、脱走なんてあるんだと思った人も多いだろう。
 よみうり寸評というコラムでは、相変わらず「服務に緊張感を欠いていたように思われる」という論評である。このコラムは、何かあると精神論をふりかざしたりと、なかなかピント外れのコラムを書いてくれる。前にも少し思ったことを書いたことがある。
 「刑務所の監視カメラは塀を乗り越える受刑者をとらえていたが、一人だけの監視職員が見落とすなどで、警察への通報が遅れた」というとこまで指摘していながら、結局はそれは緊張感を欠いていたからだ、という結論は少し違うのではないか?なぜ、一人だけの監視職員しか配置していなかったのか、というところを追求すべきなのではないか。
 といっても、この部分も安易に追求すべきではないと思う。この理由を、よみうり寸評流に短絡的に考えれば、22年間脱走がなかったので、監視に緊張感が欠けていて、一人でいいと思ったのではないか、となる。でも本当にそうなのだろうか?
 私は、22年間脱走がなかった間に、少しづつ、合理化の名のもとに、経費がけずられてきたのだと思う。そして、最終的には、あのようなたった一人の監視職員を配置しているでだけというようなことろまできてしまったのではないか?
 問題が起きると騒いで対策を打つ。でも問題が起きないと、そんな対策は過剰投資ではないか、ということで合理化の大義名分のもとにすこしづつ対策がゆるくなる。それでも、問題はすぐに発生しない。なので、もっとゆるめられると思ってしまう。それがあるとき、閾値をこえて問題を引き起こす。
 めったに起きないことのための対策はどうあるべきか。その対策に対する合理化が問題を引き起こすという意味では、津波による原発事故の問題と、根っこは同じ問題ではないかとも思う。
 

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