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2012年6月11日 (月)

理系における教養の重要性:東工大のリベラルアーツセンター

 日経ビジネスオンラインに「日本の大学に、『教養』を取り戻そう」という記事が掲載されていた。東工大のリベラルアーツセンター設置記念講演での話をまとめた記事だ。まあ、私は、リベラルアーツというのが教養を意味すると言うことを、この記事を読むまで知らなかったくらいなので、教養を語る資格はない。しかし、昭和30年代生まれは昭和教養主義の最後の残映を知っている世代だという上田紀行教授の発言からすれば、私自身ははやり少しこの残映の影響を受けているのは確かである。少し前に、自分の守備範囲ではない本をたまには「教養のために」読みたいと思っている、ということを書いたのも、この影響の名残であろう。
 でも、昭和50年代の大学時代の教養科目はつまらなかった。体育なんてのもあった。さすがに芸術科目はなかったが。大学は高校の延長ではないと思い込んでいたら、高校の延長みたいなことが多くて、思いっきりがっかりしたのを覚えている。
 理系に教養が不要かと言えば、そんなことはない。特に工学部はそうだ。社会の役に立つのが工学の使命である以上、社会の役に立つということはどういうことなのか、ということを考えるためには、理系的な知識ではだめで、いわゆる文系的な教養が必要になってくるのだろう。日本における工学の代表である東工大が、リベラルアーツセンターを作ったというのは大きな意味がある。
 このリベラルアーツセンターで何を教えるかということよりも、まず、理系における教養の重要性を教えて欲しい。ここで勉強したことそのものは忘れてしまっても、自ら文系的教養の重要性を理解し、学ぶ気持ちを忘れなければ、それが一番重要であろう。

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