« ベテランの喪失、人の喪失、体験の喪失:日経ものづくり6月号より | トップページ | さすがに古さを感じさせるが面白いエドモンド・ハミルトンの短編SF »

2013年7月 5日 (金)

「津波てんでこ」にこめられた意味:家族の信頼

 東日本大震災で有名になった言葉に、「津波てんでこ」がある。この言葉を私は、「地震が来たら津波が来るかもしれない。その時には、周りを気にせず、各自それぞれが逃げろという意味だと思っていたし、それは正しいことだと納得していた。
 でも、NHKの文化講演会のラジオ放送を聞いて、それでは理解が浅いと言うことを知った。「想定外を生き抜く力~釜石市津波防災教育に学ぶ~」という講演で、片田先生が少し違う趣旨のことを言われていたのである。
 「津波てんでこ」だからと言って、親は子供を放置しておいて逃げられるか、という問いである。学校に行っていたとすると、親は子を迎えにいくに違いない。子も親が来るまで待っているに違いない。でも、それではどちらも津波で死ぬことになるのだ。
 津波が来る前から、家族の間で、「津波てんでこ」をきっちりと共有しておく。そうすることで、親は、子供が逃げているに違いないという信頼のもと自分も逃げられるのだという。確かにその通りである。まず、どうするかということに関して家族が事前に話をし、それを信頼することが重要なのだという。
 言葉の一人歩きだけでは、本当に深いところまで伝わらないものだ。

« ベテランの喪失、人の喪失、体験の喪失:日経ものづくり6月号より | トップページ | さすがに古さを感じさせるが面白いエドモンド・ハミルトンの短編SF »

ラジオ・TV」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/568535/57718499

この記事へのトラックバック一覧です: 「津波てんでこ」にこめられた意味:家族の信頼:

« ベテランの喪失、人の喪失、体験の喪失:日経ものづくり6月号より | トップページ | さすがに古さを感じさせるが面白いエドモンド・ハミルトンの短編SF »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

公告

  • Google Adsense
無料ブログはココログ