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2015年4月28日 (火)

昔のソフト開発の道具は紙と鉛筆だった

 (2/2)谷島の情識 - 端末が1台も無い「意欲みなぎるソフトウエア開発工場」:ITproは、45年前に日経ビジネスに掲載された記事を話題にした記事である。その中で、次のような記載があって、昔を思い出した。少し引用する。

 当時の日経ビジネスは二色印刷だったようだが、この記事の中に一葉だけカラー写真が掲載されていた。間仕切りが無い、広い部屋に事務机が並び、そこに人がずらりと座り、何かを書いている。
 写真には「意欲みなぎるソフトウエア開発工場(日本電気府中工場で)」という文字が添えてあった。コンピューターで動かすプログラムを記述し、データを整理しているのであろう。45年前だから机の上にディスプレイ端末もパソコンも一切無い。

 私が大学の情報系の学科に入学したのは、40年近く前である。その当時の、ソフト開発というのは、まずフローチャートを書くことからスタートする。フローチャートを書くための定規があって、それを使って、鉛筆でフローチャートを書くのである。PCがなかった時代なので、道具は、紙と鉛筆であった。その後で、おもむろに、コーディングシートという紙に、コードを書いていく。
 会社では、この後、キーパンチ室へコーディングシートを提出すると、このコードを入力して、パンチカードをいうものを作ってくれる。このパンチカードをコンピュータ室へ持って行くと、そのソフトウエアを実行して、プリンタ用紙に結果が出力されるという仕組みになっていた。少し昔の物(コンピュータ関連)に、フローチャート用の定規やコーディングシート、パンチカードなどの写真が掲載されている。懐かしい。
 大学でも、まだパンチカードを使っていたが、会社と異なってキーパンチ室という便利なところはなく、自分でキーパンチ機を使ってパンチカードを作る必要があった。キーパンチ - Wikipediaにキーパンチ機の写真が掲載されている。何も穴が開いていないパンチカードをキーパンチ機に入れて、タイプしていくと、パンチカードに穴が開くのである。私の通っていた大学のキーパンチ機は、数字がなんとアルファベットのシフト段にあるタイプであった。大学での課題なので、当然、数式などの入力が必要になるので、結構面倒だった記憶がある。
 ちょうど、私の大学時代が過渡期であった。大学を卒業する時には、パンチカードなどなく、大型計算機も端末から直接ソフトを入力するということで、計算機室には、端末がずらっと並ぶ時代になっていた。

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