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2017年5月 6日 (土)

「何を言うか」より「誰が言うか」:人間は客観的な判断はできない

 提案の内容そのものよりも、誰の提案かの方が、その提案の可否に大きな影響を与えるというのは、よくあることである。清水久三子の提案は誰が言うか - 「誰が言うか」は「何を言うか」以上に大事:ITproは、そのあたりのことをやさしく解説した記事だ。
 AIが提案内容を審査するようになれば、この事情は変わるかもしれない。内容だけで判断できるようになるからだ。でも・・・。AIの入力の中に、提案書だけでなく、誰の提案かというパラメータもあって、結局は、AIの判断において、そのパラメータが重要になっている、ということになりそうな気もする。
 人間には、客観的な判断はできない。だから「誰の」提案かは重要だ。AIは、客観的に「誰の」提案かによって判断するような気がする。

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